フレスコ画とは

calcite girl (buon fresco ブオンフレスコ 金井主龍)


 

フレスコ画とは

フレスコ画とは 石灰の結晶化現象を利用して描く技法である。

描くのに必要なものは、石灰と砂と水と顔料 である。

石灰と砂(モルタル)(affresco ブオンフレスコ画 金井主龍)皆が日常何気なく使用している絵具は、色(顔料、染料)に定着剤を混ぜたものである。
身近なものだとボールペンや修正液、水彩絵の具やプリンターのインクなど我々の生活様式の中の大部分の色はその定着剤の役割で保たれている。しかし、その定着剤にも寿命がある。

その定着剤を使用しない唯一の絵画技法がフレスコ画である。

水で練った消石灰の壁が乾燥硬化する前に、水で溶いた顔料(色の粉)で描くことにより後に染み出てくる石灰水が空気中の二酸化炭素と反応し透明な結晶被膜を形成する。この結晶はカルサイトと呼ばれており、主成分はカルシウムで出来た生体鉱物の一つである。

フレスコ画という名前の由来は 新鮮 [Fresh] に由来する。” Fresco “ はイタリア語で ” 新鮮 ” を意味する。

消石灰を水で練って湿り気を帯びた状態、つまり”新鮮”なうちに描く技法にちなんでこの名称がつけられた。
その水分を含んだ”新鮮”な状態に限り、カルサイト結晶が析出し耐久性に富んだ明度の高いフレスコ画が出来上がるのである。

フレスコ画はイタリアではアフレスコ [ affresco ] とよばれている。

ショーベ洞窟Ⅱ (金井主龍)のコピー

カルサイトの結晶被膜に保護されたフレスコ画は数千年という恒久的な耐久性に富んだ絵画となる。

そしてこのフレスコ画の結晶被膜の形成は鍾乳石の析出と類似している。

遥か昔、太古の時代に精霊と交信するシャーマンと言う原人が鍾乳洞窟内の壁に動物たちの絵を描いた。

その洞窟内の壁から析出したカルサイトにより3万2千年経った今でも絵は現存している。偶然ながらにして最古のフレスコ画となったのである。

to top

 


 

石灰とは

灰とは太古の海洋生物であるサンゴやフズリナ、二枚貝などが化石化(石灰岩)した生体鉱物である。

鍾乳洞窟はこの石灰岩が地表に隆起し、酸性雨によって溶かされて出来た洞窟である。石灰は我々の身近な生活環境の中で多く使用されている。

採掘された石灰岩は高温焼成されると”生石灰”となり、それが水分と反応すると”水酸化カルシウム(消石灰)”に変化する。この消石灰は二酸化炭素と反応すると元の石灰岩のの成分である”炭酸カルシウム”に変化する。この消石灰が炭酸カルシウムに変化し硬化するときに表面にカルサイト結晶が現れる。

石灰の反応(金井主龍)

この自然界の賜物である石灰の化学的な反応を利用して描いたのがフレスコ画である。

to top

 


 

顔料 定着剤

レスコ画 を描くときに使用する石灰や顔料には、定着剤や糊などを一切混入させない。

その理由としては石灰粒子間に生じる毛細管現象(凝集力)により顔料を吸い込ませて描く技法なので、水分に粘性を与えるような定着剤を混入すると吸水力が低下し描けなくなる。

pigment 顔料(affresco buon fresco 金井主龍)フレスコ画を描くときに使用する顔料とは

顔料(がんりょう,pigment)とは、着色に用いる粉末状の微粒子構造を持つ色の粉である。
粒子に大きさを持ち水や油に不溶な性質を持つ為、液体に混ぜ合わせても時間の経過と共に沈殿が生じる。身近な例としては土や鉱物を砕いた鉱物質のものや鉄の錆などの金属化合物が挙げられ太古より使用されている。

顔料は絵具の原料として使用されており、チューブ入りの絵具はこの顔料と定着剤を練って混ぜ合わせた状態で製品化されている。

ちなみに染料とは水や油に可溶な粒子を持たない液体である。
顔料の様に微粒子構造ではなく、液中にイオンレベルで混ざる為藍や茜などの汁液より衣類などの着色剤として使用されてきたものだが、耐光性や耐久性が乏しく変色しやすいのでフレスコ画には不向きである。

 

 

Temperare テンペラ(affresco ブオンフレスコ 金井主龍)フレスコ画を除くすべての絵画には定着剤が使用されている理由

顔料を水で溶いてそれを紙に塗ったとしよう。乾燥すると色がパラパラと剥落してしまう。その為にあらかじめ顔料が紙に定着するように接着剤を混ぜ合わせて描かなくてはならない。
身近な例だと、水彩絵の具や修正インク、プリンターの顔料インク等にも様々な定着剤が使用されている。また定着剤にも様々な種類があり、使用するものによって各々絵画技法名が定義付けられている。

・油彩・・・油(乾性油)が空気中の酸素と結合して固まる(酸化重合)性質を利用している。乾性油として亜麻仁油、向日葵油等がある。この乾性油を顔料と練り混ぜ合わせたものがチューブの絵具として販売されている。
油でもオリーブオイルや菜種油等は不乾性油とよばれており空気中で硬化しない。
油の成分である不飽和脂肪酸の量を示すヨウ素価の指数の量で乾性油から不乾性油に部類分け出来る。

・日本画・・・膠(にかわ)という動物(牛、魚、ウサギ等)の皮や骨を煮出して得たゼラチン質の乾燥硬化を利用した古来より使用されている接着剤である。棒状のものや板状、粒状があり、湯に溶かして使用する。
この膠に鉱物を砕いた岩絵の具や、ガラスに着色し玉砕した様々な粒度の物を混ぜて、和紙に彩色を施したものが日本画である。

・テンペラ技法・・・油成分と水分が混在する乳化した乳剤で硬化させる技法である。
乳剤として挙げられるのが卵、カゼイン、膠などがある。

to top

 


 

フレスコ画の構造

フレスコ画の断面2 (金井主龍) レスコ画の支持体として好ましいのが堅牢かつ保湿性を兼ね備えた材質である。

例としてレンガが挙げられる。また、建物の天井部などに軽量を目的として藁等を編み上げたカンニッチョと呼ばれるものを使用している例もある。

消石灰は乾燥硬化するにつれて結晶成分が変化し石の様に硬いものへと塑性変形するので、当然支持体も堅牢な材料でなくてはならない。また、石灰と支持体において水分の流通が描くうえで重要視されてくるので保水性を兼ねたものが良好である。

支持体をベースに石灰を鏝で塗っていくのだが、消石灰の性質として乾燥硬化時に生じる結晶成分と水分の凝集力の関係でひび割れが起きてしまう。漆喰の様に石灰に糊剤を混ぜて使用することがフレスコ画では出来ないのでクラックが生じやすいのである。

この為、砂、スサなどの繊維を混ぜ合わせたものを塗っていくのが主流であるが、フレスコ画の耐久性を考えると、ケイ酸塩を構造に持つ砂などの鉱物のみを混入させることが好ましい。植物性のスサ等は石灰のアルカリ性に弱く経年劣化を生じるため使用しない方が無難である。

支持体をベースに消石灰に砂を混ぜたものを層ごとに厚みをつけて塗り重ねていく。石灰の量に対して砂の配合分を多くすることにより亀裂を緩和すると同時に堅牢な石灰層が作られてくる。


フレスコ画の断面 金井主龍・アリッチョ ・・・ 消石灰に砂を多めに入れて支持体に直接塗る荒下地の事をいう。支持体に十分な水分を与えてアリッチョの水分が急激に吸収されないようにしなくてはならない。砂を多めの比率で混入させることにより保水力が増し堅牢な下地になる。石灰:砂=1:2~3の割合である。


・イントナコ ・・・ 消石灰に砂を同量ほど混ぜ合わせた上塗りのことを言う。先に塗ったアリッチョを完全に硬化させ、適度な水分を与えてから塗る。イントナコの表面の水分がある程度引き締まってから顔料を水で溶いたもので絵を描く。イントナコを塗ってから大体10時間後を過ぎると吸水力が悪くなり描きにくくなるのでその時間内に絵を完成させなくてはならない。また、6~8時間の間に壁が急激に水分を欲しがり描きやすくなる時間がある。これをモメント・ドーロと呼ぶ。


ジョルナータの跡 ジョット 金井主龍この様にイントナコを塗ってから描写可能な時間は10時間程と限られている為、大きな絵を描くとなると一回では描くことが出来ないのが現状である。

この為一日で描ける領域のみに石灰を塗りその箇所を完全に描いてから次にまたイントナコを塗り都度部分的に絵を完成させることを繰り返し一枚の絵を仕上げる作業となる。

この一日の作業をジョルナータと呼ぶ。これはイタリア語で「一日分」を意味する。

そして出来上がったフレスコ画をよく見てみると継ぎ目が残されてあるのがわかる。
右の絵はイタリアルネッサンス期にフレスコ画で活躍したジョット・ディ・ボンドーネの作品の一部である。ジョルナータの跡と思われる青い空の境目がはっきり分かる。

to top

 


 

フレスコ画の種類と仲間

フレスコ画という名称は総称である。

フレスコ画の種類と仲間(金井主龍) 

フレスコ画という名前の由来は 新鮮 [Fresh] に由来する。”Fresco”はイタリア語で新鮮を意味する。

消石灰を水で練って湿り気を帯びた状態、つまり”新鮮”なうちに描く技法にちなんでこの名称がつけられた。
その水分を含んだ”新鮮”な状態に限り、カルサイト結晶が析出し耐久性に富んだ明度の高いフレスコ画が出来上がるのである。

フレスコ画はイタリアではアフレスコ[affresco]とよばれている。

古来より文明と共に伝承されて確立されてきたフレスコ画だが、明確にこのカルサイトを利用したフレスコ画が確立されたのはイタリアルネッサンス期であると言われている。
それ以前のカタコンベの埋葬美術や古代エーゲ海文明のフレスコ画は漆喰壁に何かしらの定着剤で描いたとも言われているが明確に解明されていないのが現状である。
この為、歴史的遺産を紹介するにあたって漆喰壁に描かれた絵は総してフレスコ画と紹介されているのが現状である。

しかし本当のフレスコ画はカルサイト結晶を利用した絵画技法であるので、その点を良く理解しなくてはならない。
本場イタリアでは教会等を通じてフレスコ画を目に出来るが、日本国だとその浸透性は薄い。
その為か国内でフレスコ画の知名度が低く、技法的にも誤解して使用している作家も少なくない。

まず、漆喰壁に定着剤(カゼイン、アクリル等)を使用して描いたもの(セッコ法)はフレスコ画とは呼べないのが定義であり、また石灰を多少作品に投じればそれはフレスコ画だという考えは間違えである。

作家が作品としてフレスコ画という名称を使用するのであれば、フレスコ画と言う総称でなく、ブオンフレスコやメッゾフレスコ、エンカウスト、ストラッポ、それかセッコ法なのかを明確に提示し、セッコ法ならばどの様な定着剤、下地を使用したかを提示する義務があると考える。
太古より神聖な建造物に描かれ重宝されてきたフレスコ画の技法と向き合い、石灰の性質から左官の技術、そして総合的な描き方を習得することは長い年月を要する貴重な体験だと慮る。


・ブオンフレスコ法 [buon fresco] 

真正のフレスコ画を意味する。
支持体に消石灰と砂を混ぜ合わせたもの(イントナコ)を塗り表面の水分が引いた生乾き状態を見計らって水で溶いた顔料のみで描き、後に浮き上がってきた石灰水が空気中の二酸化炭素と化学反応を起こし石灰の結晶成分[カルサイト]が析出することによって顔料を定着させて描く方法。

イントナコを塗ってから10時間程の時間内にその箇所を完成しなくてはならず、間違えたらやり直しが出来ないためにイントナコを剥がさなくてはならない。
10時間程と言うのは消石灰が筆の水分を吸収してくれる時間帯の事であり、それ以降はだんだんと吸水力が低下し乾燥硬化する。

このように、描画時間に限りがある為、大画面を制作するにはジグソーパズルの様に都度イントナコを塗り継いで画面を完成させなくてはならない。
その為、描画面をよく見るとその継いだ跡が見られる。この方法をジョルナータ法と呼び、イタリア語で「1日」を意味する。
フレスコ画は描くにあたり、石灰の性質と対話しながら描写し、間違えたらその箇所の石灰を掻き落とさなくてはならない為、計画性と高度な描画力が必要とされる。


・メッゾフレスコ法 [mezzo fresco]

石灰の定着力を利用して、顔料に石灰を混ぜ合わせて描く方法。

ブオンフレスコ画の描写可能な時間帯を延長するために、イントナコの乾燥硬化を遅らせた上に消石灰と顔料を混ぜ合わせながら描く。
イントナコに配合する砂を大きい粒径に変えることで、かさ比重が減少し、消石灰の単位密度が増す。
これによって乾燥速度の遅いイントナコが作れる。

乾燥するにつれて顔料と混ぜ合わせた石灰の白色度が増し、画色が透明度を失い白っぽい色彩になる。これは光の乱反射による影響である。


・エンカウスト法 [encausto]

ブオンフレスコ画と同じ要領で描き硬化乾燥後に蜜蝋を溶かして塗り表面を磨きあげる技法。

石灰層に蝋成分が浸透することで表面強度が増し、艶のある画肌になる。


・セッコ法 [A secco]

イントナコが乾燥硬化後に、顔料と定着剤(カゼイン、卵、膠、乾性油、アクリル等)を使用して上から描く技法。

この技法はカルサイト結晶を使用して描いていないのでフレスコ画法ではなく、乾燥した石灰下地を使用したテンペラ技法である。

セッコとはイタリア語で「乾いた」を意味する。

定着剤に使用されるのは、カゼイン、卵、膠といったテンペラ技法や油彩、アクリル等であり、石灰下地が乾燥後に上から定着材を混ぜた絵の具で描くので描写時間に制限無く描くことが出来るが、ブオンフレスコ画と比較すると定着剤の使用により色彩の明度が低下する。

また、石灰下地と定着剤の乾燥収縮の位相の相違による”ズレ”で表面にヒビ割れが生じ、漆喰層と描画層の間に空気や湿気が入り込み、それに伴う経年劣化による絵の具層の剥落現象が生じる。

漆喰の壁のように空気や水分の流通性を必要とする下地の上に、定着剤という皮膜で空気や水分を遮断してしまうことが劣化に繋がる大きな要因である。

この技法を称するにあたって、例えばアクリルを定着材として使用したならば ”石灰下地にアクリルで描画” と言う名称で紹介するのが正解である。

to top

 


 

色彩と光の関係

色彩が見えるのは光という波長によるものである。”見える”ということは匂いや音、肌触りなど人間の感覚器官で感じ取れる一特性であり、光の波長を目が傍受して脳が識別することで色が見える。

光の性質として以下が挙げられる。

 

 光は水やガラスそして絵の定着材のような透明なものに入射すると屈折して進行し、一部は反射する。

 光には長波長  短波長の順で、紫 の各波長の色が含まれている。

 赤い色に光があたると、赤色だけを反射し他の色は吸収される。
  赤い色は短波長を吸収し長波長である赤を反射するので結果的に赤く見えるのである。これは他の色でも同じである。

● 白い色にあたると全ての色を反射し白く見える。黒い色だと光が吸収されて反射されないので黒く見える。

● 吸収された光は熱エネルギーに変わる。

 

これら光の性質より、絵の層に入射した光が透明な保護膜である定着剤(バインダー)に入射すると、光の屈折が起きて進行が変わりそのまま顔料もしくは下地の層にぶつかる。
青い顔料に入射した光は青色のみを外に反射し、それ以外の波長の色は吸収してしまう。青色に限らず様々な色彩が使用されている絵画は、この様な現象が無数に生じて我々の眼に波長として伝わり脳が色彩を感じ取るのである。

下図は、定着剤を使用した絵画断面の光の進行における略図である。透明な定着剤の中を顔料が遊離した状態で存在する。

≪ 入射した光が色として目に届くまでの様子 ≫

 入射した光は定着剤の層で屈折し、水色顔料で水色のみ反射されて目に届く。
 反射された水色の光は緑の顔料にぶつかり吸収されてしまう。(明度の低下)
 定着剤の層中を顔料が遊離して散乱しているため、光が水色顔料の下にある緑色顔料に届き緑色を反射する。(透過性の反映)

光の反射ABX(バインダー)金井主龍

 


次にフレスコ画断面の光の進行における略図である。

顔料自体が石灰層の表面に付着し、後に結晶化したカルサイトが析出することによって保護された状態である。

≪ 入射した光が色として目に届くまでの様子 ≫

 入射した光はカルサイトの層で屈折し、水色顔料で水色のみ反射されて目に届く。
 顔料が付着していない箇所は、石灰層の白色がそのまま反射される。(明度が高い)
 カルサイト層中を顔料が遊離していないので、水色顔料の下にある緑色顔料に光が届かない。(隠蔽力)
 入射した光が顔料の波長で反射されて表に出る確率が多いため、明度の高い鮮明な色彩が届く。(明度が高い)

光の反射ABX(フレスコ画)金井主龍

この様にフレスコ画は定着剤を使用していないため、絵画層内で顔料の光が吸収されることなく効率良く反射をするためにイノセントな色彩が醸し出される。