先日
上野の国立西洋美術館へ、ラファエロ展を見てきた。
ルネサンスを代表する画家で、今回はヨーロッパ以外では初の大規模な展覧会らしい。。
ラファエロ・サンツィオは画家の父親を持ち、幼少期より父や工房の職人より絵を学んだようです。詳しくは Wikipedia を参照してください。
展示されていた絵の感想だが、デッサンはミケランジェロの力強さ、聖母子などの女性像からはダヴィンチの影響を得た様な肌の柔らかさを感じさせるものであった。
作品を一貫して見てみると、特に強い思想観は感じられなかった。
しかし、人物像を多く描いている中にも写実的要素を重視しながら、その対象となるモデルを自分自身の理想像に置き換えて描いているように感じた。その理想像とは亡き“母”を彷彿させているかのように、母性を感じた。ラファエロは8歳の時に母親を、11歳の時に父親を亡くしている。
ラファエロの女性像は写実にして故意に細かな表情を無くして描いている。女性像から一貫として感じ取れる柔らかさは、何か描いても描いても到達できないもどかしさが女神像に強く表現されていた。それが亡き母の幻影かと。。
同じ女性像でも、ミケランジェロは彫刻作家だが、その骨格となる彫像より産出された絵は何か男性的な力強さを感じさせる。
また、ダヴィンチの女性像からは、科学的な神秘が強く出ている。描いている対象はモナ・リザにしろ人物像なのだが、伝わってくるニュアンスは幾何数学の反射と言うべきか、まるで“リーマン予想”の様な解明できない神秘さが伝わってくる。その素数の解明が宇宙的な神秘の紐解きに繋がるかのように・・
ラファエロの女性像はそれらの観点から見ると、女性的である。
つまり、ミケランジェロ=男性的、ダヴィンチ=科学的、そしてラファエロ=女性的であるかのように思った。
展示されている作品の中に2点ばかりフレスコ画があった。
一つは恐らくブオンフレスコ画であろう絵と、もう一つはストラッポ法であろうと思われる。
ブオンフレスコ画の方は色が薄く特有の色が醸し出されていない為、判別が難しかった。フレスコセッコの様にも取れる。テラコッタの素焼きの碗型の板を支持体に描かれていたが、ブオンフレスコ画の特徴である“繋ぎ目”もなかった。
ラファエロの作品で個人的に一番好きなのは、“小椅子の聖母”である。
私の母親がこの絵が好きで、ボローニャで等身大のポスターを購入してプレゼントしたらとても喜んでいた。
残念ながらこの絵は今回展示はされていなかったが、“大公の聖母”は今回の見どころの一つである。
この絵は背景を暗くし、聖母マリアとその子イエスを浮き出させている。慈愛に満ちた柔らかい肌からはまるで、幼少期に揺りかごで眠る様な心地よさが伝わってくる。
絵からも分かるように幼子イエスの体のバランスが多少おかしく感じる。イコン画に近い描写がなされていた。
イコンとは、人が神を想起する為の神の似姿である。つまり神や聖人はこの世の人たちを超える存在なので人と違った尺度で表現する高次な精神世界の絵である。
また、聖母マリアのマントは青い空を表し、赤い服はマリアの慈愛やキリストの受難の血を表すと言われている。
画家が描く人物像は、画家の顔によく似ていると言われる。
モナ・リザの絵も実はダヴィンチ本人の自画像と酷似しているとも言われている。
ラファエロの描く人物像も本人に似通っているのかと思ったりした。
美形で女性にもてたらしい。それが影響でかは定かでないが、37歳という若さで夭折してしまった。性病が原因だと言う説が有力。
長生きをしていてくれたら、どの様な絵を描いてくれたのかと、ふと、大公の聖母を見ながら思った。
外は雨だった。。
